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どの様な位置付けで、どの様に取り組むか?

まもなく父は85歳になります。
100%立派(立派の定義は?)な人間で、何でもできる父親でもあかったかもしれないけれど、私にとっては最高の父親です。歳を重ね、身体のいたる所にガタが来て、最近では「もうあかんな、、動きたいけど身体が言うことをきかん、、動けんわ。。思ったように動けんのが一番辛いな。。もうあかんなぁ~」とよく口にするようになっています。

私も54歳、立派なおっさん。だけど、いつも私のことを心配してくれます。(確かに私の落ち着かない行動に関しては、何歳になろうとも心配なのかもしれない)

そんな父が楽しみにしているのが「湖での漁」。鯉や鮒、うなぎなどを捕ってくるのですが、最近は「こんな大きな鯉を捕れるのも人生で最後かもしれないな」とか、弱気なことを毎回言いながら、すでに5回ほど記録を更新しているのです。

その湖での漁法について、今のうちから教えてもらっておかなければ、せっかくの今までの経験から得た知識や感覚、コツが途切れてしまうのではないか、と少々焦っています。

「スカッ!」と決めたい!

その他にも、やりたい事はたくさんあって、やらなくてはいけないこともたくさんあって、どこで折り合いをつけて、直接お金にはならない伝統を受け継ぐのか?この部分で悩んでいる状況です。

このように、「やりたいこと、やらなくてはいけないことがたくさんある中で、どう折り合いをつけて、直接お金にはならないけれど『とても大切なこと』を、どのレベルで行うのか」が、いろいろな場面で悩ましい問題として直面することが多くなってきています。たとえば、「集落のこと」「お祭りのこと」「各種団体のこと」「家族のこと」…。

ほどよい割合はどんなものなのか?この答えは誰も教えてくれません。

この部分こそが、各個人の「生き様」になるってくるのだろうな。だから答えなんてないんだよな。各個人が腹を括り、「自らのほどよい割合」を決めていくんだろうな。また、この部分を「スカッ!」と決めてしまい、貫き通せば清々しいのだろうな!気持ちいいのだろうな!

「スカッ!」としたい。だから決める。「判断」ではなく「決断」する!

父はいろいろなことを教えてくれています。ありがとうね。もっと大きな鯉をまだまだ捕ってきてよ!

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